母の手

一人目の旦那さんと学生結婚をしてから、私の父と再婚して私が幼稚園に上がるまで。母は子育てと家業の喫茶店の手伝いしかしていなかった。そんな母が35歳になって初めてした仕事が靴作りの内職。これをした事で、母に大きな変化があった。今までは、誰が見ても「働いた事のない手」だった母の指がどんどん太くなり、そして曲がっていった。どうやら油をつけた糸で靴を縫うという作業は、一般の裁縫に比べて強い力を使うらしくそれに対応するように指の形が変形したのだ。冬場には、アカギレで水絆創膏が手放せなくなった。普通の絆創膏では、すぐに剥がれてしまうのだ。

母は何度か「あんたはこんな手になったらアカンで。」と言っていた。今になれば、母なりに女性としてショックだったのだと思う。娘に同じ思いをさせたくないという母心。そんな母の気持ちも知らず、私は「人間の環境に適応する能力ってすごいなぁ。」と思うばかりだった。



母だって女の子。

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